龍の住処~レオンを愛した歳三

江戸幕末:新撰組土方歳三×男娼館の青年の恋

鳥のように自由に空が飛べたなら、こんなにも焦がれたあなたに想いを馳せることもなかっただろうに

鳥のように自由に空が飛べないから、心の中はこんなにもお前で占められているんだと思わないか

「おい、久しぶり。兄ちゃん。女買っていかねぇか」
 連なって歩く二人の男に怖いもの知らずのポン引きが声をかける。普段は売買を目的とする男たちは、こうして暇になると客を妓楼に引き入れようと、我先にと江戸の街を歩く男たちに片っ端から声を掛けた。
「ちょっと、わちきちと遊んでいきなよ」
 格子の中からも、キセルが土方の着物を引っ掛けた。
 吉原ならではの誘い文句に、なぜか今日は気がのらない。
「土方さん、この人たち何か言ってますよ」
「総司、放っておけ」
「いつもなら物色する癖に」
 小さな声で土方を恐れず言いたい放題のこの男は、大層綺麗な顔をしていて、虫も殺さないような顔をしたその彼は、総司と呼ばれていた。
「もう、無視はいけないと思いますよ。土方さん」
「今日は気がのらん」
「それは分かりませんよ。案外具合はいいかも」
「総司お前、その顔で下品な会話はやめろ。らしくないぞ」
 手あたり次第声をかけた男たちが理心流だとわかると、ポン引きたちは蜘蛛の子散らす様に逃げていった。
 トウが立ち、妓楼にも入れず立ちんぼの様に日々の飯を物色する女にとって、その日枕を共にする相手を見つけることは、生きることと同義だった。
「ちょっとだけ、ねぇほらちょっと」
 だらしなくはだけた胸元を見せ、腕に豊満な肉体を摺り寄せた。
「やめろ!」
 大きく手を振ると土方は女を地面にたたきつけた。
 よろけた女は砂利道に手をこすり、うっすらと血をながし、それでも媚びを売るように、育ちの悪い匂いをぷんぷんさせていた。
「くせぇな」
 持っていた竹刀を振り回した。
「痛っ」
 ちらっと見やると、そのまま通り過ぎようとする土方に、女の金切り声に交じって遠くから射貫くような視線を感じた。
「最低ですね」
 そう言われているようで、むっとしたまま土方の足はそちらを向いていた。
 怒鳴るでもキーキーと泣き喚くでもなく、ただ黙って見つめるその男に、土方と沖田は共の目を向けた。
 遊郭が何件も連なるその隙間に、小さな青い建物・|棲龍館《せいりゅうかん》はあった。
 遊女の廓やの間にひっそりとたたずむ男娼館。
 
 10にも満たないような小姓ですら、そこでは地の薄い着物を着て格子の中に座る。
 そこでは、毎夜毎夜、龍の鳴き声のような叫び声が響き、真っ白い肌に浮かび上がる真っ赤なうろこのような痕を付けた少年たちがうすら笑いを浮かべていた。

 土方はその声の主の方に歩いて行った。
「土方さん」
 沖田の声は土方には届かない。
 二人を隔てる5センチはあろうかという太い木枠を間に挟み、睨み合いは10分は続いた。
「何か言ったか、小僧」
 口火を切ったのは土方だった。
「最低です。と申したまで。事実でも言われたら腹が立つのですか? ああおかしい」
 西洋の血が混じっているのだろう。金色に光る髪の少年は、幼い容姿とは裏腹に土方に負けじと鬼の形相で睨み返し、総司から見ても真のしっかりした良い男だった。
「そろそろやめた方がいいですよ。土方さん、人が来ます」
 沖田に諭されて、土方はごくりと唾を飲み込んだ。
 
「そこそこ、何してる」
 慌てて警備のものが走り寄ってきた。
「ほら見たことか」
「太夫、大丈夫ですかい」
「僕は何もされていませんよ」
 さっきまでの顔が嘘の様に能面のような笑顔を張りつけたその少年は、太夫と呼ばれていた。
「うちの売り物にケチ付けたんじゃねぇだろうなぁ」
「……」
 土方は無言だった。
「おい」
「どの女がいいか聞かれていただけですよ」
「女?」
 警備の男は肩透かしを食らったように少年の方を見た。
「男を売るこの僕に、どの女がいいかを聞いてきたから、男の良さもぜひどうぞ。と申したまでです」
「はぁ」
「それよりもうそろそろ時間ではないですか? 今日のお客は太客ですから丁寧に準備しなければ。中に戻ります」
 太夫と呼ばれた少年は奥の方に引っ込んでいった。
「どこに行く」
 土方が叫ぶと、ゆっくり振り返ったレオンはちらりと胸元を広げ、小さな突起を見せた。
「あなたも僕で遊びたいのなら、お足が要りますよ」
「お前!」
「レオン、です」
 気が向いたら待ってますと言い、のれんの奥に消えていった。
 

 これがレオンと呼ばれる少年と土方の最初の出会いだった。
「どうしましたか。土方さん」
「総司、いや、何でもない」
 ドクンドクンと大きくなる鼓動を沖田にばれないように、土方は一歩先に進んだ。
 
 
 

「さっきの人、これから太客って言ってましたよね」
 沖田がそういうと土方はピクリっと眉を動かし目線を沖田に移した。
「ああそうだな」
「太客ってなんですか?」
「金払いのいい客って意味だ」
 土方はもやもやしたものを感じながら、ぶっきらぼうにそういった。
「土方さん、なんか機嫌悪くないですか?」
「そうか? 気のせいだろう」
「気のせいじゃないと思うけどなぁ。さっきの人が気になりますか?」
「なぜだ」
「珍しく、他人に興味持ってましたから」
 沖田は歯に衣着せぬ勢いで土方にいうと、それこそ辛辣な物言いで後をつづけた。
「抱けばいいじゃないですか」
「男だぞ」
「そうですが、それが何か?」
 沖田の即答に土方は少々びっくりしたものの、男娼館のある時代、それは決してタブーではなかった。
 殿様が小姓をかかえるなども当たり前にあったし、実際沖田でさえ声をかけられていることも土方はよく目にした。
「この俺が、男に抱かれるのか?」
 あまりの頓珍漢な質問に沖田は盛大に笑った。
「あぁおかしい」
 腹を抱えてその場にうずくまって肩を震わせ笑う沖田を土方は嫌そうに見つめた。
「あの線の細い彼が、こんなに筋肉粒々な大男に入れるんですか? ないでしょう」
 土方の背中をたたきながら、総司は向こうは受けでしょうと付け加えた。
「俺が男をな……」
 土方はそう言うと、棲龍館をあとにした。

5

「……というわけなんですよ」
 軽く昼ご飯をと、指南役を買って出ている沖田総司はこの日も大量の稽古を付けた後、一膳めし屋に来ていた。
 江戸には数多くの飯屋が軒を連ねており、客の取り合いも日常茶飯事だった。それでもここ【天天】は、そんなこととは無縁の優良店であった。
 一風変わったおもてなしが売りである【天天】では、看板娘の天狐がおせっかいの性格そのままに、よく恋愛相談を請け負っていた。
 隼人の作る魚の味噌煮や、スズキのあらい等も他では食べられない味で、この店の看板娘である天狐の器量の良さも人気に拍車をかける理由の一つであった。
「で土方はんはなんて言ってるやん」
 根っからの話好きの天狐は前屈みになりのめり込むように聞いた。
「天狐さん、前ですぎです」
 手のひらで天狐を押し返す様に沖田は距離を開けた。
「何にも言ってませんよ。だからこそ心配で」
「なんでやの?」
 天狐は話し言葉が独特だ。たまに混ざる江戸らしからぬ話し方に、かつて沖田は天狐に京の方の出身かと聞いた事があった。
 ――みなしごだから、よう覚えとらん。隼人に拾われるまで、転々としてたのは事実やし、あたし、忘れっぽいんよな。だから嫌なことは基本的に覚えてない。だから知らん。
 この時沖田はこれは地雷だと理解したし、二度は聞かないとも思ったから結局のところどこの言葉が混じってこんなハチャメチャな言葉になったのかはよく分からなかった。
「勘ですね」
「勘? ただの?」
 天狐は大きな目を更に見開き、今にも零れそうだった。
「ただのと言いますが、戦場ではそのただの勘が死ぬか生きるかの重要なファクターです。舐めちゃいけない」 
「ここは戦場ちゃうやん」
 甲高い声で、天狐は拗ねた。
「恋、したら、勘が鈍るかもしれないと、思います」
 沖田はそれでもぽつりぽつりと確かめるように言った。
「恋はいいものだとあたしは、思うとる」
 息を吸い、ゆっくり吐いた。
「僕も思っていますよ。でも今回は如何せん、相手が悪いです。棲龍館に居るという事はそういうことですよね。脚抜けはご法度、見つかれば拷問の上極刑。最悪生かされたとしても、良いことないです。土方さんには夢があります。それは同じくして僕の夢です」
「棲龍館か」
 お客もいなくなった午後三時、横から隼人が口をはさんだ。
「どうぞ」
 温かな茶が目の前に出された。
「隼人さん、お疲れ様です」
 沖田は茶を引き寄せると、隼人に頭を下げた。
 隼人は椅子を引き寄せドカリと腰を下ろした。
「沖田君は反対なのか?」
 沖田は黙っていた。言われた事を考えるも何が適切なのかは分からなかった。
「sexは構わないと思います。色街なんですから買えばいいんです。払えない金額ではない。でも、土方さんはあの人を抱きたいんだろうかと考えるんです。あの時、ただ食って掛かられたから、ナンダコイツ、と思っているだけかもしれないとも思います」
「そうさなぁ、俺も嫁がいるわけでもないし、偉そうなことは言えねぇ。けど、一つだけ分かってる事は、どんな思いがあろうとそれは俺たちが口を出す事ではないんじゃないのかって事だ」
 そういわれた沖田は、そこから先、そのことについて語ることは無かった。
 

この記事を書いた人
赤井ちひろ

5月24日生まれ
出身は箱学のある、神奈川県
弱虫ペダルで小野田坂道が落車した市民会館の前を通って、日々通学。
この頃から、きっと未来の荒北靖友推し【新荒】は決まっていたと思われる。
始めてBLに目覚めたのは、木原敏江先生のアンジェリク、この中に男色の公がいるのです。
木原先生の描かれる漫画では、断トツ、紫乃さんが好き。
未だに、紫乃様ティーシャツ探しています。
そしてツーリングエクスプレスにド嵌りしたのが、14歳。
今も勿論愛読しています。
学生時代は早弁を得意とし、美術室にこもる毎日。
玉川大学演劇専攻卒。
その間にアルバイトをしていたイタリアンが私のカメリエーレ生活の原点。
いまでも、イタリアンを専門に生きるBL作家☆彡
料理やワイン、サービスマンの絡む現代BLが日々のご馳走。
趣味・ロード【観戦】&洋南、箱推し・宝塚観劇【推しは高汐巴さん】・そして空気を吸うように、BLを日々過剰摂取しています。
SМ、拗らせ、純愛、調教、オメガバース大好きです。
ドエス甘々攻め×ツンデレ受けが人生のメインテーマ
読んでいただけたら嬉しいです

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