運命に翻弄された二人1から5巻・完結済み
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プロローグ
『おにーちゃん』
『はやとお兄ちゃん…待って……』
カーテンの隙間から差しこんだ光は、俺の目を刺激し、あまりの眩しさに目を覚ました。
「眩しー」
光から目を背けようと、勢い良く身体をよじりすぎたせいで、ベッドから落ちた俺は、痛む腰をさすりながら、台所に向かって、歩き出す。
「久しぶりに、懐かしい夢を見た」
冷蔵庫に貼ってある、一枚の写真を手に取り、柊介はそっとキスをした。
冷蔵庫から、ブラックコーヒーのペットボトルを取り出し、昨日買った、カクテル用のでっかい氷をカランと一つ、お気に入りのボヘミアグラスに入れた。
純度の高い綺麗な氷は、アイスコーヒーの中でゆらゆらと揺れていた。
柊介はそれを口に含むと、雲一つない晴天に目をやった。
西城大学一年、文学部史学科、明石柊介。
今日から晴れて大学一年生。大学まで小一時間という、微妙に遠い距離に、わざわざ住む理由なんて、そうはない。
幼少期にお隣さんに住んでいた、大好きだった隼人お兄ちゃんを、いつか自分の嫁にすると心に決め、あれから十年、三島隼人のフリフリのエプロン姿を夢見てきた。
夢にまで見るお兄ちゃんこと、三島隼人に会いたい。
ところがだ!居なかった。居なかったんだよね︙︙。
柊介がこの街に引っ越してきたのが、五日前。荷物の片付けもほっぽり出して、勿論探したさ。でもお隣さんは既にマンションになっていて、もう、そこに彼居なかった。
ピピピピピピ、携帯のアラームがけたたましくなった。
「やべ、遅刻する」
柊介は大急ぎでタンガリーシャツを手に取ると、靴をつっかけて外に出た。
「あら、おはよう。今日から学校?」
「あっはい……」
社交辞令とかすげぇ苦手。近所のばーちゃん良くしゃべんだよ。
「朝ごはん食べたのけ?」
「や、寝坊して、食ってねっす」
柊介はぺこりと頭を下げた。
「ちょっと待って。これ持っていって」
言うが早いか、扉の向こうだ。柊介は渡された箒を手に、あっけにとられって、ばーちゃんが返ってくるのを待っていた。つっかけでパタパタと足早に帰ってくる。
「はい。これ食べなさい」
めちゃくちゃでっかいおにぎり、しかも三つも。
「ばーちゃん、サンキュウな」
久しぶりに笑った気がした。
【西応大学】
正門ってでっけーわ。大学入試の時は、んな事考える余裕なんかなかったし、部活とかどーすっかなー。
「よう、柊介」
誰かが呼んでいる?振り向くまでもなくあいつらだ。
「順平、黒曜」
相変わらずつるんでんのかよ。
「仲良いこって」
「なんだ、羨ましいのか」
順平は、赤毛の毛先を手で払い、偉そうに笑いながら言った。
「んなんじゃねぇし」
「はいはい。なぁ柊介、今週末入学パーティーするんだけど、お前も来ない? 」
相澤順平と黒曜ヒカルは高校の時の同クラだった奴らだ。
「どこでやんの?」
「ヒカルの兄貴の友達が趣味でカフェやってんだって。そこを営業後二十時から貸してくれる事になった」
「飯は?持ち寄りとか嫌なんだけど‥‥」
心底嫌そうな顔をしたんだろう。順平はもともとデカい目を更にでかくして、柊介を見て鼻で笑った。
「大丈夫だって、その人がいくつかは用意してくれるし、俺も持っていくしな」
「大丈夫だよ,順ちゃんに任せておけば、俺だって何にもできないし」
かわいい声して、僕は何もしません発言にしか聞こえない。
今なら聞いていい気がする。むしろ今しかチャンスがない気がした。
「なぁ」
「なんだよ」
「お前らって」
「ん?」
黒曜、おまえ、首を傾げんな、首を。いくら細くても一応男だろ?付いてるもん付いてるよな。
勿論ホモ差別しているわけじゃない。そもそも俺がガッツリそっち側だし、そうじゃなくて単純に、羨ましい。
「そういう関係?」
柊介は聞いた。
「どういう関係?」
質問に質問で返してんじゃねーよ。馬鹿順平!俺は頭をワシワシ掻きむしりながら、なんとも聞きづらい事を聞いてみた。
「いやだから」
ニヤニヤしてんよ。こいつ!
ぜってー解ってる。
「ぅぜっ、もういいわ」
「わーるかったって、柊介ちゃーん、そう、そういう関係だよ」
「順ちゃん」
黒曜の耳まで……ヤバいこいつめちゃくちゃ可愛い系?元々小さくて細くて目がくりくりして、見た目だけじゃないとか、ずりいな。
「大丈夫だよ。同類だし、ってか俺のだから、ガン見するな」
黒曜は順平の腕にしがみつきながら、ポカンと口を開けたままだ。
「開いてる、開いてる」
順平の人差し指が黒曜の唇をツンツンする。
やめろ、俺の前で……。
欲求不満なんだよ。勃つじゃねーか。
「とりあえず週末な。今日は行く所あんから帰るわ」
十年近い年月が立っているからか、どこを探したらいいのかも判らない。そもそも隼人が顔を覚えていてくれているかすら怪しいものだ。
まだ四月だっていうのに、このシャツの張り付くようなジメジメした気候に、俺はうんざりして自販機を探した。
探し物って、なんで探している時には見つからないのだろうか。
「まじかよ、唾液ですら旨いとか、もうやばいだろ」
なんかねーか?もうこの際メイド喫茶にだって入れる勢いだ。茶色い建物発見!
「あ」
最高、喫茶店かよ。
俺は財布の中身を確認した。千円札が二枚ある。ちょっとだけ良い感じの喫茶店だし、この際リッチに行っちまおうか。
「こんにちわ」
「いらっしゃいませ!」
凄い良い感じのシャンソンがかかってる。
そして目の前にあるあの顔。
これって夢か?
「隼人? 」
「? 」
「三島隼人さん?」
俺は聞いていた。
それなのに、コーヒーの香りをまとったこの人から帰ってきた言葉は、俺を奈落に突き落とすには十分だった。だってさ、絶対に隼人だぜ?なのに、こいつってば「亮介です」って言ったんだ。
何て言った?
「お会いした事ありますよね」
使い慣れない敬語で、何とか糸口に手をかけようと必死だった。
「そうでしょうか。はじめましての気がするのですが」
————懸命のアタックにも拘わらず、こんな撃沈具合って、神様、十年来の恋心に意地悪するにはちょっとひどくないですか?
呆然とする柊介を見かねてか、カウンターを勧めてくれた。
「ごめんなさい。覚えていなくて。僕の名前は佐々木亮介と申します」
「こちらこそ、ごめんなさい。勝手言ってしまって。三島隼人、佐々木亮介、全然かぶってないですよね」
慌てて頭を下げた。
年は隼人と一緒だった。
コーヒーマイスターとかいう鑑定士の資格を持つイケメンオーナー。
あまりの他人の空似具合に、ショックが隠し切れない。
「僕の顔に何かついていますか?」
イケメンオーナーに爽やかがついてますよー。
「あっいや、ガン見しちゃってすいません」
恥ずかしいやらなんやら、もはや誰か穴でも掘って、落として欲しいくらいだった。
真っ白い肌が薄紅色に染まって行くのがよく解る。体内温度3℃上昇。
今日はとにかく落ち着こう。
水をがぶ飲みした俺を見て、イケメン爽やか犬系男子は、尻尾を振り振り聞いてくれた。
「何か飲みますか?」
「あっ、それならコーヒーを甘々で」
「甘党なのですか?」
「というより、脳に栄養が足りなくて」
しばしの沈黙の後、イケメンオーナーは口を開いた。
「脳に栄養————ですか」
「脳内革命です」
「————はぁ」
たどたどしく話すこの男には、俺のチンプンカンプンな頭の構造が、少し理解しがたいらしい。
「脳内革命?」
「つまり脳みそが糖分を欲しているって訳さ」
夢かもしれない。ここの所探し回って睡眠不足だったから、もう瞼が引っ付きそう。このカウンター、木の香りがして、凄い気持ち良い。
コーヒーが出てきた事すら気が付かず、深い眠りに落ちていった。
♢
なんか声がする?
チュンチュン?
ふかふかのいい匂い。
俺はメジロの声に呼ばれるように、うっすらと目を開けた。
「……」
目の前の光景はどういうことだ?
「ここどこ?何で、俺はここにいるの?」
目が覚めた柊介の視線の先にいたのは、昨日のイケメンオーナーだった。
「おはよう」
卵を片手に、何ともにこやかな笑顔がこちらを見ていた。
「はぁああああああああああああ?」
「おはよう?」
爽やかすぎる。
「おはよう?て何?」
「いや朝だからさ」
「あの、ハッキリ聞いていいですか」
「何?」
「亮さ、いや、えっとー佐々木さんは俺にあの……なんか……えっと」
クスクス笑って、なんか照れたような可愛い顔をしている。
「何かされた感触あったりする?腰が痛いとか」
とっさにケツに手を当てた。ズボンの中に手を捩じ込み、穴にそっと触り、指を入れようとしてみた。
きゅっとしまって、とてもドデカイチンコを入れられた様なそんなアナルじゃない……。
「きつ……」
聞いていた佐々木さんは爆笑して、俺の頭を叩いてくる。
「いれちゃえば良かったかな」
「いやいや俺攻めですからって、……待って……俺ゲイだって話しましたっけ」
やばくないか?普通気持ち悪いとかあんだろ。顔面蒼白だ。
今までだってずっと隠してた……。
「聞いては無いけど、俺の顔みた時、隼人……っていったでしょ?」
「……あっはい」
「あの時、人違いってわかって、君、凄くへこんでいたじゃない……」
そりゃそうだろ。だってやっと会えたと思ったんだから……。
「すいません」
「いや謝らなくていいよ。ただあの時この子、隼人って人が好きなんだなって思ったから。今さらゲイとか聞いても、びびったりしないよ」
「気持ち悪いとかないんですか?」
「気持ち悪い?」
「あっいや、俺同じカリキュラムをとってる奴とか、同じ研究室の奴とかにも言った事ないから。普通男が男にそんな感情持って、しかもケツにチンコ挿れたいとかばれたら、確実に引かれると思ってるんで……」
うつむき加減にボソボソ喋る犬コロの様なイケメン君は、多分ほんとに誰にも言わずにきたのだろう。
「あー、そういう事?まあノンケにばれたら引かれるかもね……」
少しでも肩の力を抜かせたくて、俺はキッチンにたった。まだベッドにいたから、薄手の白いシャツと中はボクサーパンツ一枚だ。
モーニングコーヒーを淹れてやろうと手にカップを持ち、サイフォンの近くに行った。
「ノンケにばれたら?佐々木さんはノンケじゃないの? 」
「どうだろう。女とも付き合った事はあるけれど、勃たなくて、罵倒されて振られました。なんか俺……不感症みたいなんだ」
「不感症?こんなイケメンで色白で?この細い腰で?筋肉も適度についてますよね……」
「見た目は、まあ、そこそこ。でも気持ちよくないし、勃たないんだよ。僕の事なんかいいだろ。だから挿れたり出来ないから大丈夫だよ」
哀しそうに笑うその顔は、なんだか守りたい気分にさせられて、庇護欲がかき立てられる。
「今日は休みじゃないんだよね」
「ああ、もうそろそろ仕事いかないと、お店が開かないよ」
「なら今度の休みに俺に付き合ってよ」
「いや、まあ、良いけど、どこに行くの」
「どこにも行かないよ。ほんとに不感症か確かめるんだよ」
「は?」
白シャツの裾からチラッと見える足の間に、あるはずのチンコを想像し、下半身に目をやった。
「視姦するみたいに見ないでくれないか」
耳まで真っ赤にした佐々木亮介を見て、寧ろこっちが反応している。
———可愛過ぎかよ。
「ごめんごめん」
内心今にも触りたいのを隠して、平静を装った。隼人じゃなきゃ嫌だったはずなのに、何でこんなにもこの人に心奪われるんだろう。
冷めたコーヒーを飲みながら、アンアン可愛くなく亮介さんを想像した。
亮介さんは不感症
それから三日後、パクった合鍵で勝手に入り寝室に行った。シャワー室から水の音が聞こえる。
声をかけようとした瞬間、耳を疑う言葉が聞こえて来た。
「何だ本当に不感症なのかよ。いささか冷めるわ」
「だからそう言っただろ」
「感度よさそうだから誘ったんだ。こう何回もじゃ興ざめだからもう来ねーよ」
シャワー室の扉があいた。
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